特別講義:カシミヤの歴史①

特別講義:カシミヤの歴史①カシミヤストール専門店 Lity&co

カシミヤ博士の特別講義の時間じゃ。

この講義は主にカシミヤの歴史を扱っていくのじゃ。

まずはカシミヤがインドで産まれ、ヨーロッパへ移っていく様子を見ていくとするかの。


<カシミール地方>

カシミール地方はヒラヤマ山脈の支脈にある、両側が盆地で形成された長さ150km、幅30km、標高1,800m のカシミール峡谷に位置しておる。

ジェラム川とその多くの支流がこの盆地を横切るようにして南に流れておるの。

この盆地には様々な果樹やポプラ、プラタナス、糸杉、ヒラヤマ杉などが育ち、標高8,000mを 超える山々にはヤギや羊が群れで暮らしているのじゃ。

雪が溶ければバラやシャクナゲのような花々が 当たり一面に芽吹き、咲き誇り、それはそれは綺麗なのじゃ。

カシミールが、別名「インドのパラダイス」と呼ばれる由縁じゃの。

 

<カシミールのカシミヤショールの歴史1>

カシミヤの歴史はインドで始まっているが、当時のことが多く記録されているわけではないんじゃよ。

 

ただインドでアクバル大王がカシミヤ地方を治めるようになった1568年、愛と名誉の象徴としてカシミヤショールの製造を専属的に行わせるようになり、以来職人となった家系が伝統的に続けているとされておる。

 

カシミールでは1800年以前から独特の繊細さと軽やかさを持つカシミヤショールが生産されており、西欧諸国の評判を集めておったのじゃ。

 

もっとも古い記録では、ヨーロッパ人の旅行家であるフランソワ・ベニエルが1664年にこの地方で生産される素晴らしいカシミヤショールのことを伝えておる。

 

このショールはカシミール地方の伝統的な職人やその子供たちが協力して織り、長さ1.8m、 幅1.2m、両端には30cmの縁が付けられ、インドや中東中に販売されていたようじゃ。

 

当時のインド人は 頭からすっぽりとかぶり、左の肩にショールを垂らして着こなすのが主流であったんじゃ。

 

ベルニエはこのショールの緻密さ、繊細なに匹敵するものはヨーロッパには存在しないと伝えておるの。

また同時に、その繊細ゆえ、これだけ虫に好かれる、虫喰いの被害にあうショールもまたないとも伝えておる。

確かにカシミヤは虫に好かれるからのう。特に防虫技術や保管技術がない当時は大変なことだったと思うの。

 

 

極寒の高地に住むヤギの腹部は、冬の間、長い毛の下に生える細い繊毛に覆われておる。

このおかげで寒さに耐え生き残ることができるんじゃな。

冬が終わり、暖かくなると、ヤギは自らを岩や潅木にこすりつけつけて、その毛を落とすんじゃ。

 

高地に住む人々はその柔らかい毛を集めて、カシミヤショールを作るために持って帰っての、これはインドでは今も昔も変わっておらんのじゃ。

ただ高地から毛を持ち帰るカシミール人を見た当時のヨーロッパ人の旅行家は、カシミヤとは綿の花のように植物性の天然材料だと勘違いしてしまっていたとのことじゃ。

この記事を書いた人

カシミヤ博士

カシミヤ大好き。カシミヤ博士