特別講義:カシミヤの歴史⑤

特別講義:カシミヤの歴史⑤カシミヤストール専門店 Lity&co

今日も元気にカシミヤ特別講義の歴史の時間じゃ。

今回もヨーロッパに渡ったカシミヤストールについてじゃぞ。

 

ヨーロッパでカシミヤストールが一般人にも使用されるようになってきた1800年初頭の頃は、カシミヤショールの価値は経糸の色の数が重要だと考えられおったのじゃ。

 

最も高価なカシミヤショールには経糸も緯糸もカシミール産の糸をなんと最大で15色も使うものもあったの。

ちなみに糸の色の種類は7色以上であれば高級ショールに数えられておっての、7色以下だと一般的なショールと考えられておった。

 

またカシミヤショールは高価なものは高価な木を使った凝った木箱の中で保管されておったのじゃ。

 

対して一般的なカシミヤショールは、商人のお店の名前が入った金の縁取りのある白い紙で作られた箱に入れられ、取り付けられた紐で結ばれ保管されておった。

 

こういう風習はいつになっても変わらないものじゃの。

付加価値、と言うやつじゃの。

 

そして付加価値というのは広く認められてようやく得られるものじゃ。

今でもブランドに付加価値を見出すのは変わっておらんじゃろ?そしてブランドにするためには人々に知られなくてはならんのじゃ。

 

そうしてカシミヤショールの博覧会といったものが催されるようになってきたのじゃ。

 

このためイギリスやフランスのショールデザイナーたちは競って華麗な作品を出品したのじゃ。

 

ところがの、人気が加熱すると偽物が出回り始めるのはどこの世も同じでの。

展覧会で人気を博した華麗なデザインを真似て、カシミヤではない木綿やクズ絹糸、羊毛の混合繊維などを用いた偽物のショールが作られ、市場に出回るようになっていったのじゃ。

 

そしてカシミヤストールのデザイナーたちは自社製品を守るために、自社の商品カタログを発行し、さらに自身の商品に商標を付けるようになっていったのじゃ。

ブランドの始まりじゃ。

 

こうしてカシミヤストールはデザイナーで選ぶ時代に変わっていったのじゃ。

 

1855年に発表された王族の紋章をアルルカン縁の角に織り込んだデザインが流行るようになると、ショールの隅に社名やサインをカシミヤで織り込むことが好まれるようになったのじゃ。

 

この頃は社名入りのラベルを付けるなど、現在の「タグ」の元になる文化が生まれたのは先にいった通りじゃ。

 

またこの時代になってくると、化学染料の登場や、機械の改良化により、カシミヤショールの価格下がることによってより大衆化していったのじゃ。

そうすると今まで手に入れることが出来なかった地方の人間にも手が届くものとなっていったのじゃ。

 

そうして地方の若い女性は黒い結婚衣装の上にカシミヤのショールを羽織って結婚式に臨む文化が生まれたり、産まれたばかりの赤ん坊の洗礼式で包むのにも使用されるようになるなど、カシミヤストールが非常に身近な時代になっていったのじゃ。

 

 

この記事を書いた人

カシミヤ博士

カシミヤ大好き。カシミヤ博士